主に香港競馬の話題、たまに競馬じゃない香港の話題などなど。
タイトルについて:
 広東料理と満漢全席はあまり関連がないのは重々承知の輔です。
 「満貫全席」と検索された方、「満漢全席」で検索し直してくださいね。

<<注意>>(11年5月以前)繁体字の表記について。
表示できなかった繁体字については、パズル的に再現してます。
 例:nei:ニンベンに尓→イ尓 員→[口/貝] 韻→[音員]
 
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2008年01月09日

ジョージ・ムーア元調教師逝去

 [足包]馬地夜賽。
 1/6の沙田日賽で病院送りになった湯智傑(C K Tong/ジャッキー・トン)は、右手親指脱臼だったためこの日の騎乗は見送り。1/20まで騎乗は見送られる。

 メインは第7Rの1班芝1800mの一月盃(January Cup/ジャニュアリーカップ)。人気は割れまくって12頭立てながら獨贏(Win/単勝)オッズ12倍以下に10頭がひしめく状態。
 加州[山/顛]峯(Californiamountain/カリフォルニアマウンテン)がポンと先行し、心福(Disguise/ディスガイズ)、財到得勝(Winning Reward/ウィニングリワード)と続いた。
 誰も鈴を付けに行かない加州[山/顛]峯は軽快に逃げ脚を伸ばし、直線に向いてもお釣り十分。インから衝鋒槍(Noble Conqueror/ノーブルコンカラー)、アウトから銀太陽(Silver Sun/シルバーサン)がゴール直前で猛然と迫ったが、加州[山/顛]峯がクビ差凌ぎきった。2着に衝鋒槍。

 第3Rで戴勝(S Dye/シェーン・ダイ)と鄭雨[シ眞](Y T Cheng/ハワード・チェン)がそれぞれ危険騎乗。戴勝は2万HKDと2開催日騎乗停止、鄭雨[シ眞]は3万5千HKDと3開催日騎乗停止のペナルティ。
 更に第4Rでまたまた戴勝が、今度はゴール前で最後まで追わず全能力を発揮させなかったと見なされ、10開催日騎乗停止の重ペナルティ。1/6の開催でもペナルティを食らっており、3月まで騎乗ができない状態になってしまった。


 香港の約翰摩亞(=大摩/J Moore/ジョン・ムーア)師、マカオの摩加利(G Moore/ゲイリー・ムーア)師兄弟の父親で、元香港の調教師だったG Moore(佐治摩亞/ジョージ・ムーア)氏が1/8にシドニーで逝去。一昨年には糖尿病から来る血行不良によって右足が壊死、切断手術を受け引き続き闘病中で、年末年始には大摩、摩加利兄弟も里帰りした直後だった。享年84歳。第3Rは氏の功績を称えて記利佐治讓賽(G Moore Memorial HDCP/Georgeムーアメモリアルハンデキャップ)として施行された。
 氏は騎手時代にはオーストラリアでデビュー後、イギリス、フランスなどでも騎乗。セントクレスピン(Saint Crespin)やバステッド(Busted)などの主戦を務め、調教師に転進しからは香港で2年連続で香港打[ロ比]大賽(HK Derby)を制するなどの成功を収めており、勇退後はシドニーで余生を過ごしていた。合掌。


 1/13に澳門[乙水]仔(Taipa/タイパ)馬場で行われる澳門國際見習騎師邀請賽(Macau Apprentice Jockeys Invitation Races/マカオ国際見習騎手招待レース)の枠順抽選会が[乙水]仔馬場で行われた。んが、詳細は明日付けで。


 午前中は医者、銀行、画材屋と駆け回り、午後から船橋へ。ここで日本でのもうひとつの訃報を聞いて愕然。印象としては年齢的にそう離れておらず、むしろ一番バリバリと精力的に仕事されていたと記憶。かつてSPA!の連載を楽しみにしていた自分としては、ようやっと接点ができ始めたところの出来事で、余りにも残念。
 開催後はとあるプロジェクトの記者発表を経て何度目かの新年会。あるプロジェクトは、ちゃんと舵取りする人間決めないとやばくないか?とちょっと心配になってきた。動くことは大事であるが、挑戦と無謀もまた違うはず。新年会では身につまされる思いと言いながら食いすぎ。反省しないとよね、ほんとに。

 そして、帰宅中に某所の須田さんからの電話で、G Moore(佐治摩亞/ジョージ・ムーア)氏の訃報を知った次第。
posted by つちやまさみつ at 00:00| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港・マカオ競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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