主に香港競馬の話題、たまに競馬じゃない香港の話題などなど。
タイトルについて:
 広東料理と満漢全席はあまり関連がないのは重々承知の輔です。
 「満貫全席」と検索された方、「満漢全席」で検索し直してくださいね。

<<注意>>(11年5月以前)繁体字の表記について。
表示できなかった繁体字については、パズル的に再現してます。
 例:nei:ニンベンに尓→イ尓 員→[口/貝] 韻→[音員]
 
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2006年11月11日

中環天星碼頭辛苦哂

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 いつものように前夜寝損ねたまま香港着。今回は油麻地と佐敦の中間に宿泊。いろいろな面で便利なことが後々に判明して目から鱗。但し、部屋で使えると思った無料のネットサービスが、実はホテル内のパブリックスペースに共用のPCがあるというもので、しかも、回線かPCスペックかが足りないようで、重い動画関連はまともに観られないというもの。し、仕事ができん…。
 やむなく街を散策したり、実は初めてシンフォニーオブライツを観たりして時間をつぶしたのち、22時半頃カメラ類を持ってチムのスターフェリー乗り場へ。この日は現在の中環乗り場の最後の日なのだ。

 最後の日にも関わらず、チムの乗り場の風景はいつもの通り。何か特別な日を意識させるようなものも特にないのだ。
 何の気なしに中環行きのアッパーデッキに乗ってみた。中環に着くとどうだろう、たくさんの人たちがこのフェリーターミナルとの別れを惜しむために集まっているではないか。
 そうなんだ。香港は常に小さなさよならとたまに大きなさよならを繰り返して変化を続ける街だから、こういった別れには慣れたものだと思ったら大間違いだったのだ。彼らは、その一つ一つの別れに対してけじめをつけるようにきちんと向き合い、最大限の感謝とともに最後の時を向かえることを続けているのだ。ましてや天星小輪(スターフェリー)の中環乗り場といえば、少なくともこの1世紀以上に香港島に生を受けた誰もが一度は通る場所。言い換えれば、香港市民をやさしく見守ってきたおじいちゃんのような存在なのだ。日本で言えばどこの小学校にも必ずある大樹のようなものだ。今回閉鎖され取り壊されることになったフェリーターミナル一面に運動会の万国旗のように張り巡らされたメッセージに目を通しているうちに、そんな想いが自分の中に入り込んできた。

PB110760.JPG

 もう一度チムサチョイに往復してみる。折り返しのさらに折り返しで乗った中環行きの天星小輪は中環に到着する最後の船だ。ビクトリア湾ですれ違う逆方向の最後のフェリーの乗客と手を振り合うとお互いから歓声があがる。お祭り騒ぎとも違う。けれども国籍を超えて想いが重なったような気持ちになる。なんという瞬間だろう!わけもなく涙が目に溜まってきた。
 最後の船が埠頭に着いた。足場が渡されるけどみんなの足取りは重い。それでも前に進まなくてはならないのだ。埠頭の職員が早く早くと急かす中、期せずしてフェリー乗り場から出る最後の乗客となった。出口に来るとものすごい数のフラッシュの放列。マイクを持ったインタビュアーとカメラがこちらに近づいてくる。やばい!しゃべれんぞ!!!と心配するのをよそに、彼らはゲートを閉める係の老人に詰め寄っていく。今の気持ちは?とか聞いているのだろう。言葉は聞き取れなかったが、老人も寂しそうな表情でインタビューに答えていた。

 いよいよ最後のゲートが閉められる瞬間が来た。ゲートの向こう側では職員たちが、そしてこちら側では市民が手を振り合う。別段彼らと顔を合わせるのはこれが最後ではないのだ。しかし、お互いがお互いをこのフェリー乗り場に見立てて手を振り合う。



 「辛苦晒!(お疲れ様!)」「多謝晒!(ありがとう!)」
 取り壊しに対して抗議の座り込みをしている市民も見かけたが、この時は罵声も怒号もない。純粋な気持ちで感謝を込めた惜別の言葉だけが飛び交った。確かに不満はあるかもしれない。それでもこうして真摯に向き合い感謝することで、香港が後ろを振り向かずにポジティブに歩みを続けているような気がした。

 0時。鐘楼(時計台)がいつもと変わらずに12回鐘を打ち鳴らし終わると、命の灯火が消えるように中環碼頭の中の灯りが静かに消えていった。

posted by つちやまさみつ at 00:00| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 香港もろもろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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