主に香港競馬の話題、たまに競馬じゃない香港の話題などなど。
タイトルについて:
 広東料理と満漢全席はあまり関連がないのは重々承知の輔です。
 「満貫全席」と検索された方、「満漢全席」で検索し直してくださいね。

<<注意>>(11年5月以前)繁体字の表記について。
表示できなかった繁体字については、パズル的に再現してます。
 例:nei:ニンベンに尓→イ尓 員→[口/貝] 韻→[音員]
 
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2006年03月10日

簡慧榆

 女皇盃に向けてのアシとマクラは手配できたのに、再来週のダービーに向けて何もできてない。慌てて手配に走ってるんだけど、どーもうまくいかんです…。どうやら卒業旅行と現地イベントにもろバッティング。
 あと、冠軍一哩賽のエアも手配しないと。
 時期が悪いなぁ。

 さて、昨日の続き。
 間もなく、香港ダービーですが、この季節、そして昨日のエントリにもある女性騎手の話題になると思い起こされるのが、簡慧榆(Willy Kan W Y)です。

 簡慧榆は、香港の名トレーナー簡炳[土犀](Brian Kan P C)の所属見習騎手といして97/98シーズン途中にデビュー。デビューシーズンは10勝。10勝のうちには、現在の皇太后紀念盃(Queen Mother Memorial Cup/クイーンマザーメモリアルカップ)にあたる、重賞格上げ前皇太后盃(Queen Mother's Cup/クイーンマザーズカップ)で同興旺(Fat Choy Together/ダッチョイトゥゲザー)に騎乗してのものも含まれます。その勢いに乗って、オフシーズン中の7月には英国での短期遠征中でも勝ち鞍をあげました。

 98/99シーズンには、弱冠20歳にして君子(Man of Honour)で香港打吡大賽(HK Derby/香港ダービー)にも出走。ダービーでは残念ながらいいところがありませんでしたが、デビュー間もなくダービーに騎乗できたことは、その後の成長への大きな期待をファンに抱かせたのでした。
 しかし、余りにも残酷な運命がその直後、彼女に訪れました。
 1999年の3月21日の第3レースで落馬。すぐさま病院に運ばれましたが、懸命の治療もむなしく、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。

 あれからもう7年。
 無事に乗れていたなら、今頃は大きなタイトルを取っていたかもしれませんし、幸せな結婚で引退をしていたかもしれません。現役であれば開催が噂される、世界女性騎手チャンピオンシップにも招かれていたかも。

 今ほど、ギャンブルとしてではない競馬ファンが香港に居なかった当時ですが、彼女は多くのファンから支持を集めており、また、その人気は未だに衰えておりません。
 また、毎シーズンの見習リーディング騎手に贈られるカップにはWilly Kan Memorial Cup と名付けられていることからも、彼女の功績の大きさを伺わせます。
 一時は賽馬博物館に彼女の特別展示があったのですが、一昨年のリニューアルの際に撤去されてしまいました。是非とも再展示して欲しいものです。
posted by つちやまさみつ at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港・マカオ競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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